2025 Japan AWS Jr. Championsとしての活動を振り返る
よ〜んです。
2025 Japan AWS Jr. Champions の任期が終わったので、振り返ります。
久しぶりの記事ですが、ポエミーな感じになります。
大前提として、この記事では業務の話はしません(頑張りました。)
任期の最終週は、関西のコミュニティの登壇とか主催で埋まっていました。私らしい終わり方ができて良かったなと思っています。(らぶ関西卍)
5月末ラッシュラッシュ走り抜けた…
— よ〜ん (@Tesla_yoon) May 29, 2026
あとはジュニチャン振り返りブログ書いたら本当に終わり、いい一年だった pic.twitter.com/e4r5VScbLc
Japan AWS Jr. Champions とは
AWS Partner Network (APN) 参加企業に所属し、現在社会人歴 1~3 年目で突出した AWS 活動実績がある若手エンジニアを「Japan AWS Jr. Champions」として表彰します。これは、AWS を積極的に学び、自らアクションを起こし、周囲に影響を与えている APN 若手エンジニアを選出しコミュニティを形成する、日本独自の表彰プログラムです。
2026 Japan AWS Jr. Champions クライテリアのお知らせ | AWS JAPAN APN ブログ より引用
この1年でやったこと
「駆け抜けた」と言ってしまうと、これからの活動まで終わってしまいそうなので、気持ちとしては「スタートダッシュが終わった」ぐらいです。
振り返ると、たしかに色々やりました。
イベント参加に主催、登壇、ブログ、OSS へのコントリビュート、あと麻雀作ったり。
中之島会の立ち上げ
JC のエントリーシートには「活動を通じて達成したいこと」という問いがあって、そこに私は「地域(関西)のコミュニティを盛り上げたい」というようなことを書きました。
なので、任期中はその言葉にかなり引っ張られて動いていました。
- JC という括り関係なくワイワイしたい。
- 登壇しやすい場所を作りたい。
- 参加するだけじゃなく、発表する側に回る人を増やしたい。
そういう気持ちで中之島会を立ち上げたりして、任期の最後が中之島会の運営と KyotoLT の主催だったことを考えると、エントリーシートに書いたことは少しは達成できたのかなと思っています。(口だけで終わらせずに済んだ。)
登壇、実は好きじゃなかった
アウトプット自体は昔から好きです。ブログを書いたり、試したことをまとめたり、便利だったものを人に共有したり。このへんは JC になる前から勝手にやっていました。
ただ、登壇はあんまり気乗りしていませんでした。
なのに、何度か登壇した後、とあるコミュニティで登壇して
あれ、思ってたより向いてるかもしれない
と感じる場面があって、戸惑いました。
好きじゃないのに、たぶん向いてはいる。こういうズレに何度か苦しめられたりしました。
もちろん、今は登壇が好きです。
Jr. Championsの温度感
JCになった直後は、けっこう身構えていました。
アウトプット量で殴り合う修羅の国なのかな、肩書きを盾にガンガンビジネスを回していく感じなのかな、と勝手にビビっていました。
ただ、自分が感じた範囲では、そういう雰囲気はあまりなくて。(そもそもビジネスの件は外からじゃあまり見えませんし)
とはいえ、どこもかしこもちょうどいい温度だった訳ではありません。
「1人でパソコンを触っていた方がよかったな」と思ったことも何度もあります。
これはJCが〜という話ではなく、単純に自分の期待値と、その場の温度が噛み合っていなかっただけだと思います。
何に興味があって、どんな熱量で動いているか。が大事なことに気づきました。
総じて、はじめは灼熱の釜にでも放り込まれるのかと覚悟していたら、ぬるま湯入ってみたら気持ちいいくらいの温度でした。
Jr. Championsになってよかったのか
色々書きましたが、トータルで見ると……
なってよかったです。
「良かったな〜」と思ったもののうち、特に大きかった3つを書いておきます。
(見出しがキモいですが思い浮かばなかったので)
つながりは、一生もの
一番大きかったのは、いろいろな人と知り合えたことでした。
特に関西の JCs とはかなり距離が縮まりましたし、関西に留まらず、いろいろな地域の JCs とも知り合えました。
勝手にそう思っているだけですが、なんか死ぬまで続きそうな気がしています。
数字からの、連鎖
活動を数字で振り返るのもアリだと思っています。登壇数、ブログ数、運営回数、参加したイベント数。見れば自分がどれくらい動いたか分かりやすいですし。
ただ、ここで全部やると2026年末の振り返りに書くことがなくなるので、細かい数字はこのあたりで。
個人的には、数字そのものより「これをきっかけに次の活動が生まれた」みたいな連鎖による影響力の拡大の方が大きかったです。
肩書きによる、きっかけ
JCだからブログを書いたり登壇しているわけではなく、面白いと思ったことを試して、書いて、話して、共有する。それはずっと続けていたはずなので。たぶん自分は止まったら死ぬタイプで、技術コミュニティにいなくても別の界隈で何かやっていた気がします。
ただ、得られるチャンスは違っていたかもしれません。
たとえば JAWS DAYS 2026 の実行委員のような機会は、JC として活動していたからこそ近づけた部分もあるのかなと。もちろん肩書きがなくても声をかけてもらえていたかもしれませんが、それを自分で言い切るのは少し驕りな気もします。
それに、肩書きは動き出すきっかけにもなりました。せっかく選んでもらったんだから、エントリーシートで宣言したことを口だけで終わらせちゃいけない。そのいい意味でのプレッシャーがあったからこそ、手を出せた部分は確実にあった気がします。
活動と生活のバランス
生活リズムそのものは、そこまで変わっていません。
JCになる前から、平日は仕事をして、空いた時間でブログを書いたり、イベントに参加したり、登壇準備をしていたので、急に生活が一変した感じはありませんでした。
ですが、週末が登壇やコミュニティ参加で埋まることは増えました。
それでもバランスを保てていたのは、送り出してくれるパートナーのおかげです、本当に頭が上がりません。あと正直なところ、私は元々もっと不健康な界隈にいたので、それに比べりゃ健全だよね、と理解を得やすかったポイントもあったり。(過去の自分に感謝)
イベント終わりに車で迎えに来てくれた日。忘れ物をした時に会場まで持ってきてくれた日。そういう積み重ねがなかったら、ここまでの活動は成り立っていませんでした。
活動できているのは、仕事の調整だけじゃなく、その支えがあってこそです。正直めちゃくちゃ感謝しています。言葉では何度も伝えていますが、なんせ私の言葉は軽いので、謝辞としてここに記しておきます。
無限に動けるわけではないので、ここは今後もちゃんとバランスを取りながらやっていきたいで〜す。(ちゃんとやります)
これから目指す人へ
これから JCを目指す方や、これからなる方に向けて何か書くとしたら、「好きにやったらいいと思います」です。 あくまで「ジュニア」ですし、会社の状況も、本人の背景も、目指しているものもそれぞれ違います。JCになりたい人、コミュニティを頑張りたい人、社内でAWSを広げたい人、まずは色々な人とつながりたい人。どれも正解で、「JCならこうあるべき」みたいな唯一の答えはないと思っています。
なので、この記事もあくまで一例として読んでもらえたら嬉しいです。
迷ったら、身近な元JCや現役のJCに色々聞いてみるのが一番だと思います。たぶん人によって全然違う話が返ってくるはずで、その違いも含めて、自分がやりたいように、なりたい形でやればいいと思います。
(自分も振り返り記事を書いているのでアレですが、こういう記事を書く人・書ける人はアウトプットが好きだったり、活動を外に出すことに抵抗が少なかったりするのでバイアスがあることをお忘れなきように。)
ここからが本番
冒頭で「スタートダッシュが終わった」と書きましたが、本当にそんな感じで、自分の中ではここからが本番です。
任期が終わってもやることは別に変わりません。元JCも、現役JCも、これから目指す人も、結局、書く人は書くし、喋る人は喋るし、作る人は作る。
この1年で増えたつながりや、立ち上げた場や、続けてきた発信を、ここからどう転がしていくか。肩書きで動くんじゃなくて、何もなくても勝手に活動しているか。みたいな所かなと思ってます。
関西のコミュニティを盛り上げたい、という気持ちは当然変わっていないので、これからも主催するし、運営するし、登壇するし、参加もします。ブログも書きます。
あ、でも6月はインプットの期間にしまーす。
ではでは〜
追記
七転八起☆至上主義!の3:21〜みたいなマインドで生きてる
— よ〜ん (@Tesla_yoon) June 2, 2026